大編成の打楽器
スルド、カイシャ、ヘピーキ、チンバウなどが複数の層をつくります。ブロコ・アフロの実践がアシェの音楽的な基盤を支えました。
ブラジル研究会BAND GUIDE / AXÉ10 BANDS SALVADOR DA BAHIA / CARNAVAL / 1980s
BAND 05 / 10
一つのビートではなく、街の交差点。
トリオ・エレトリコ、ブロコ・アフロ、サンバ・ヘギ、イジェシャー、フレーヴォ、レゲエ、ポップ。アシェはサルヴァドールのカーニバルで複数の音が出会った音楽です。

José Cruz / Agência Brasil / CC BY 3.0 BR / Wikimedia Commons
WHAT IS AXÉ?
アシェは一つのリズムの名前ではありません。植民地港湾都市サルヴァドールの黒人共同体、カンドンブレ、街路カーニバル、ブロコ・アフロ、トリオ・エレトリコと音楽産業が交差して生まれた音楽シーンです。
`axé` は、ヨルバ語の àṣẹ に由来し、カンドンブレでは生命や共同体を動かし、物事を実現させる神聖な力を表します。単なる「元気」や「よい気分」ではなく、儀礼、人、自然、物、言葉を通して受け渡され、更新される力です。1980年代後半、音楽メディアはこの言葉を新しい市場名「Axé Music」へ転用しました。宗教的な axé と商業ジャンル名は同じものではありません。
音楽面では、トリオ・エレトリコのフレーヴォと電気弦楽器、ブロコ・アフロの打楽器、イジェシャー、サンバ・ヘギ、レゲエ、カリブ音楽、ロック、ポップスなどが交わります。黒人文化を全国へ伝える窓になった一方、テレビ、観光、レコード会社、有料ブロコによる商業化と、利益や注目が均等には分配されない問題も抱えました。
SALVADOR / BAHIA / ATLANTIC COAST
トドス・オス・サントス湾と大西洋にはさまれたサルヴァドールは、丘の上のシダージ・アルタと港沿いのシダージ・バイシャからなる都市です。1549年から1763年までブラジル植民地の首都であり、大西洋奴隷貿易の主要港の一つでもありました。
植民地支配と奴隷制の暴力、カンドンブレのテヘイロ、黒人地区、港、観光都市という複数の歴史が同じ街に重なっています。IBGEの2022年国勢調査では、市民の83.21%が自らを preta(黒)または parda(褐色)と回答しました。アシェは録音スタジオだけでなく、こうした黒人都市の宗教、地域共同体、政治運動、カーニバル産業の中から形になりました。
中心部のカンポ・グランデから旧市街へ進むオズマール回路、海岸沿いのバーハ=オンヂーナを進むドドー回路では、音響車と観客が都市そのものを会場に変えます。一方、クリュズ/リベルダーヂやカンデアウでは、ブロコや音楽教育が日常の地域活動として続いています。

























地図 © OpenStreetMap contributors。印は一つの代表地点であり、文化の範囲を一点に限定するものではありません。
LISTEN CLOSER
曲によって土台となるリズムは違います。共通するのは、屋外の巨大な音、打楽器とバンドの接続、観客が歌い踊るための構成です。
スルド、カイシャ、ヘピーキ、チンバウなどが複数の層をつくります。ブロコ・アフロの実践がアシェの音楽的な基盤を支えました。
音響と演奏者を載せた車両が街路を進み、観客が追いながら踊ります。移動する会場そのものが音楽の形を変えました。
観客がすぐ歌えるサビ、呼びかけと応答、まねできる振り付けが、数万人の身体を同じ流れへ巻き込みます。
ROOTS / PLACES / CHANGE
サルヴァドールの地形、宗教語 axé、トリオ・エレトリコ、ブロコ・アフロ、音楽産業までの展開をたどります。
サルヴァドールはブラジル植民地最初の首都となり、大西洋奴隷貿易の主要港の一つとして形成されました。ヨーロッパ、アフリカ、先住民の文化が交わった背景には、植民地支配と奴隷制の暴力があります。この地理と歴史が、後のカンドンブレ、街路祭礼、黒人共同体の音楽を育てる都市の土台になりました。

Paul R. Burley / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
ヨルバ語 àṣẹ に由来する axé は、カンドンブレで生命、共同体、言葉や儀礼を働かせる神聖な力を表します。1980年代の商業ジャンルよりはるかに古く、Axé Musicをそのまま「カンドンブレ音楽」と呼ぶことも、axéを「よいエネルギー」だけに縮めることもできません。
Toluaye / Public domain / Wikimedia Commons
DodôとOsmarは、電気弦楽器と音響装置をFord車Fobicaに載せてカーニバルの街路を演奏しました。移動するステージ、ギターラ・バイアーナ、フレーヴォの高速演奏からtrio elétricoの文化が発展し、後のアシェを運ぶ重要な仕組みになります。
Roosewelt Pinheiro / Agência Brasil / CC BY 3.0 BR / Wikimedia Commons
1974年創設のIlê Aiyêは翌年、黒人の肌、髪、歴史、アフリカとのつながりを掲げて行進しました。1979年にはMaciel–PelourinhoでOlodumが創設されます。両者はアシェと同義ではありませんが、黒人が語り、演奏し、組織する力をカーニバルの中心へ押し出しました。

Tatiana Azeviche / Turismo Bahia / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
ブロコ・アフロの演奏家たちは、カンドンブレのリズム、サンバ・ドゥーロ、イジェシャー、ジャマイカのレゲエ、サルサなどを組み替えました。Neguinho do Sambaは中心的な編曲者・創造者ですが、一人でゼロから発明したわけではありません。この打楽器の革新が、トリオの電気音と結びついていきます。
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Roberto Viana / AGECOM / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons
Luiz Caldasのアルバム《Magia》と《Fricote》の成功は、サルヴァドールの新しい音を全国の放送・録音市場へ入れた商業的転換点です。1980年代後半、報道と音楽産業が異なるリズムを「Axé Music」と括り始めました。これは音楽の単独の誕生年でも、一人の発明でもありません。
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TV Brasil / Praxides(切り抜き) / CC BY 3.0 BR / Wikimedia Commons
Margareth Menezesらが国際公演と録音でアフロ・バイーアの音を広げ、Daniela Mercuryの《O Canto da Cidade》は全国的な成功を収めました。歌、ダンス、テレビ、大規模な舞台が結びつく一方、その基盤には多数のブロコ、作曲家、打楽器奏者、地域団体がいました。

Ronaldo Silva / Agecom Bahia / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons
トリオ、ブロコ・ヂ・コルダ、abadá、テレビ、レコード会社、観光が巨大な産業を形成しました。黒人文化の全国的な可視性を広げる一方、地域の音楽創造者とスター、興行会社の間で利益や注目が均等に配分されたわけではありません。アシェは消滅したのではなく、ポップや新世代の表現と結びついて変化を続けています。

提供画像 / 権利情報未記載 / 画像
KEY FIGURES / GROUPS
名前だけを覚えるのではなく、どの時代・土地・現場で、その音を変えたのかまで紹介します。
ドドー&オズマール
1950年、改造した電気弦楽器を車上で鳴らし、後のtrio elétricoを生んだ先駆者。PernambucoのfrevoをSalvadorの街路で増幅し、「移動する舞台」と群衆の関係をaxé以前に用意しました。
イレ・アイエ
1974年、Curuzu/Liberdadeで生まれた最初期のbloco afro。黒人の美、アフリカ史、反人種差別を歌と衣装で可視化し、打楽器・テーマ曲・地域組織というaxé musicの土台を先に築きました。
ルイス・カルダス
1985年《Fricote》の全国的成功で、galope、frevo、samba-reggae、popを混ぜたSalvadorの新しい音を市場へ運びました。重要な転機である一方、歌詞に残る人種・ジェンダー表現は批判的な検討が必要です。
ダニエラ・メルクリ
1992年《O Canto da Cidade》でsamba-reggaeの打楽器をポップな歌、ダンス、テレビ、大舞台へ接続し、axéを全国・国際市場へ押し上げました。同時に、bloco afroの創造者が見えにくくなる構造にも目を向けます。
カルリーニョス・ブラウン/チンバラーダ
Candeal出身の打楽器奏者・作曲家Carlinhos Brownが1991年にTimbaladaを結成。timbauを前面に出す編成、身体的な舞台、地域教育を結び、axéの音と社会的基盤を更新しました。
マルガレッチ・メネゼス
アフロ・バイーアの打楽器と力強い歌唱を「afropop brasileiro」として国内外の舞台へつなげました。bloco afroのレパートリーを女性歌手の声で録音市場へ運んだ経路を示す重要人物です。
イヴェッチ・サンガロ
Banda Evaで1990年代のaxéを担った後、ソロ歌手として巨大なtrio elétrico、公演、テレビへ活動を拡大しました。街路の参加型音楽とブラジルの大規模ポップ興行を結ぶ現在形を示します。
SONGS TO START
ブロコ・アフロの基盤から、アシェの全国化、1990年代以降のポップな展開までを聴ける6曲です。
Caetano Veloso
Dodô & Osmarのtrio elétricoがつくった「音を追って街を進む」身体感覚を歌います。axé music誕生以前から、電気弦楽器、移動車両、群衆が一つの音楽装置になっていたことが分かります。
曲を聴く →Ilê Aiyê / Paulinho Camafeu
「黒人の世界」をSalvadorの街頭で可視化し、bloco afroが音楽・衣装・政治を一体化しました。後のaxéを支える黒人団体の主体を、商業ジャンル成立前から聴く一曲です。
曲を聴く →Luiz Caldas
galopeと打楽器、ギターの軽快さでaxé musicの商業的な起点とされます。同時に、黒人女性の髪を扱う歌詞には人種的・性差別的だという批判があり、注記なしに祝祭化できません。
曲を聴く →Daniela Mercury
samba-reggaeの強い打楽器、ポップな旋律、群舞を結び、Salvadorの音を全国放送と大規模ツアーへ運びました。誰の「cidade」が歌われるのかも考えながら聴きたい作品です。
曲を聴く →Timbalada
timbauの乾いた連打と甘い旋律が、打楽器隊とポップソングを対立させず同居します。Candealから生まれた集団の音が、1990年代のaxéの編成をどう更新したかを聴けます。
曲を聴く →Banda Eva / voz de Ivete Sangalo
大きく開くサビと跳ねるリズムは、trio elétrico上で観客全体が歌うよう設計されています。Ivete Sangaloの声とともに、1990年代axéの大衆化を身体的に体感できる代表曲です。
曲を聴く →Margareth Menezes / Carlinhos Brown
Candombléの語彙とアフロ・バイーアの打楽器をポップの大舞台へ運びます。宗教語を単なる「異国的な装飾」として消費せず、Salvadorの信仰と黒人文化の背景とともに聴きます。
曲を聴く →BEYOND THE SHORTCUT
入口の説明だけで文化を単純化しないために、次の点を押さえておきます。
アシェは一つの決まったビートではありません。複数のリズム、団体、演奏文化が交わる呼称です。
バイーア州の音楽やカーニバル曲のすべてがアシェというわけではありません。
宗教語の axé はカンドンブレなどで力や生命力を表す広い概念です。商業ジャンル名と宗教実践を同一視できません。
「Fricote」は歴史上重要ですが、黒人女性の髪を扱う歌詞表現は、人種的・性差別的だという批判があります。
AT TUFS BRASIL KENKYUKAI
ブラ研では、歌、バンド、大編成の打楽器、ダンスを組み合わせ、アシェの会場を巻き込む力を演奏しています。特定の一つのビートに固定せず、選ぶ曲の背景に合わせて編成をつくります。
FACT CHECK
歴史、人物、文化的背景は、ブラジルの公的文化機関、研究機関、専門資料を中心に照合しました。